くじけた1行

わたしは活字が読めない。

縦書きは特に目で追えない。ちゃんと読みたくても視線が動き回ってしまう。余地があるだけに色々イメージしすぎて気が散ってしまう。

読み進めながら空間を描いても、突然庭木が現れてしまって、わたしが描いた庭にそれを植えるスペースがなかったら、なんだか覚めてしまう。

物語よりもそれを書いている作者が気になってしまったり。おじさんが魅力的な若い男を主人公に書いていて脈略もなく射精されると、作者キモいと思ってしまう。

本来、物語は好きなはずなんだけど。

漢字もけっこう読めるし、国語は得意だったし。

今はありがたい時代で、オーディオブックがある。本が読めないのはコンプレックスでもあったし、興味も意欲ももちろんあるので、わたしはオーディオブックに飛びついた。

いくつか好きな作品や面白い本、ためになる本に出会うと、本が読める本好きの人たちがますます羨ましくなった。

この頃、まさかの展開ではあるのだけど、西洋絵画にお熱。

長くなりそうだから詳しくは書かないが、少しずつ知るうちに、西洋絵画への興味は、学のない、教養のないわたしにとって、未知の世界(一般的な教養なのだろうけど、わたしにとっては)へのとっかかりになりそうな、大変良い機会のように思えてきた。

そしてやっぱりいくら知りたいと思っても、絵画についてのオーディオブックなんてないのだ。

と、いうわけでこの歳で今更ながら紙の本にチャレンジ。

自分でも引くほど時間がかかったが、見開きの上半分が漫画というユルい本を数週間かけて最後まで読むことができた。

もう意地だった。でも達成感があったし、自信もでてきた。

なので次に、すでに読んだ内容の一部をもっと掘り下げた本をチョイス。

今度は漫画はなかったけど、楽しみながら苦痛も感じず、時間はかかったものの、なんとか読み終えた。

ようし、ここから少しずつ学んでいこう。気長にちょっとずつ、なんとなくつながっていけばいいよね。

今読んでいるのは、ギリシャ神話の本。

古い美しい絵は、神話や聖書の場面が描かれているので、神話を知っていたらもっと楽しめると思ったのね、それは間違いないはずなんだけど。

なかなか厚い本を頑張って読んで、とりあえずとにかく、頭に入れなくてもいいから、どんなものかざっくりとわかればいいから、最後まで読むだけ読んでみよう。

神話の世界はそれなりに面白い。人間の本質みたいなものがよく出ている。現代人からしたら、なかなか狂ってる。

しかし登場人物が多い。

子供が3000人とか生まれるのやめて。

しかも名前が難しくてぜんぜん覚えられない!

そんなふうに苦しみながらももうすぐ本の真ん中くらいに差し掛かった。

きょう、わたしがくじけた1行を紹介する。

「彼はティタンのイペアトスとオケアニデスの一人であるクリュメネの長男でした」

誰だ(泣)

向こう側

どうにもならないことほど、考えすぎると向こう側に行けるときあるよね。突然「いけんじゃね?」と楽観的になることがある。
視界が晴れたのか逃避に成功したのかは謎。
考えすぎることにあまり意味がないのはほんとかも。

すげぇ変な一年、2020年

コロナウイルスの影響で、はじめはわたしの神経質さとか、心配性やなんかが悪く出て、勝手にけっこうツラい感じで過ごしていたけど、後半は引きこもりの特性が活かせる雰囲気だった。

何をどう考えればいいのか、どう思えばいいのかわからない。

いぬやまを失うという、いちばんおそれていたことも現実になって、ポカンとさみしくなってどうしようもないような気持ちになることが増えた。これはいぬやまがくれたものをおもえば、当然で、仕方のないことなので、乗り越えるしかない。

不安定な状況の中でも、お仕事をいただけていたことには本当に感謝してもしきれないなぁ。

わたわたして、順応もできず、うまく整理もつかないまま、年を越すよ。いつもありがとう。

時代と、世代

歳をとるにつれ、流行に疎くなるものだ。

わたしは元々ミーハーではないうえあまのじゃくで、人々の関心が集まるものほど興味を失うような若い時間を過ごしてた。それでもなんとなく時代の真ん中は「若者」で、流行は「若者」のモノだ。身近なので、ちゃんと流行を把握していた。

それからまた倍ほど生きて、なるほどなあと思う。中年世代は流行についていけないのではなく、流行などどうでもいいのだ。まるで関心がない。アンテナがたたまれた状態で、わからないということについても何も思わない。

放っておけないのは時代ごとに変化していく価値観や考え方だ。ここ数年でも「よくないこと」がみるみる増えていく。幸いまだそれが「なぜなのか」というのは理解できている。なにしろ人を傷つけたくないし、時代の真ん中が今も未来も活躍できる環境であることはとても重要だ。

しかし、わたしは誰しもが「現代の考え」を生きることは望んでいない。

今現在の最新の価値観は真ん中にあるべきものだが、偉いわけでも正解なわけでもない。せいぜい現時点で正解に近いというだけのことだ。

必要なのはそれぞれの世代が生きた時代を考慮し、共感はできなくとも理解をすることだと思う。それは年配の者から若者に向けての一方通行ではなくて、若い人も年寄りの生きた時代や信じたものを考慮して、やさしくあるべきだ。

「遅れている」だの「ついてこれない」だの。それは本当にピンポイントな視点からの感覚で、その時は解らなくもても、のちにハッとしてほしいところだな。

言ってしまえばわたしは「違う時代を生きたのだからわかり合えなくて当然なのに、何を求めているの?」という冷たいことを考えている。わかってほしい、その気持ちは可愛らしい。でも叶わなかったとき、それは誰のせいでもない。

知らない

じぶんのことを、誰かに知って欲しいとか理解してほしいとか、そういう気持ちがなくなってから、わたしのこころはとても自由になった気がする。

自分を知る必要がなくなったからだろう。

じっと自分自身と向き合っていると、持っているものを数えてしまう。それでたたかおうとしてしまう。よくわからずにいればそのほうがずっと柔軟に、自然に立ち回れる。(とは言ってもわたしはとても不自然な人間なんだけど)

その柔軟さのおかげで、人の持っていないものが気にならなくなる。自分の持っていないものに気づきやすくなる。

わたしはまだ知らない。わたしはまだわかってない。

ずっとそれを知っていたい。

失うもの消えゆくとき

前回書いた日記を見ると、新型コロナウイルスに怯えて過ごす生活が1か月以上も続いてた。とにかくなるべく家で過ごして、夫の免疫力があがるように、衛生を保てるように、すこしピリピリしながら暮らしてる。

きょうは朝から、志村けんの訃報。

子供の頃からテレビで観てた。ギャグもたくさん流行って、小学校でも散々やった。ガチャガチャでだいじょぶだぁのタイコも買ったし、家族でもふざけてマネしたし、高校生になってもアイーンをしてプリクラを撮った。

人工心肺をつないだことを知ったとき、すごく心配になって、新型コロナウイルスが「拡大中」ということに、現実味がわいた。もしものことがあったら嫌だと思ったし、こころのどこかでは復活を信じていた。そうでないイメージはわかなかった。

「同じように続いていく」と、どこかで思い込んでいることが、裏切られ続ける。当たり前でないことに気付いて、また夫とくっついて寝ることにした。

感染症にかかってしまえば、どんなに重症でも、重症なほど、大切な人に会えない。身内に看取られることも、からだにお別れを言ってもらうこともできない。肺炎になり声で言葉を発することが難しくなれば、いつでも伝えられたはずだったことも、伝えられない。

2017年と2018年に、祖父と父が続けて亡くなった。

祖父は床屋の帰り、玄関まで帰ってきて転倒してしまって、入院した。良くなって退院する日を待ってたけど叶わなかった。

入院中、ずっと側について、話し込んだ日があった。耳が遠いはずなのに、わたしの声がちゃんと聞こえてて、ずっと聞きたかったことを聞いたり、とにかく祖父とお話をするのが本当に楽しくて、おじいちゃん子だったわたしは、そのまま一緒にベッドに入って寝たいくらいだった。最後のような気がしてしまって、離れたくなくて、暗くなるまでずっと居た。祖父にとっては、どんな日だっただろう。

がんばってくれていたけど、脳梗塞をおこして集中治療室に入った。元気な素振りを見せてくれて、ちゃんと冗談も通じて、でも言葉がでなくなって、右手も動かなくて筆談もできなかった。

父は肺癌を患って、緩和ケア病棟に入っていた。それでもわたしはまだまだ残された時間はあると思っていた。これから父と過ごそうと、仕事を辞めることにして、最後の出勤日の通勤中、危篤の連絡がきた。

痛みとからだのつらさで、父はいつも混乱気味で、とっくに会話らしい会話ができることはほとんどなくなっていた。話がしたくてしたくて、何度も思い出したから、最後に交わした冗談はよくおぼえてる。下ネタだったけど。緩和ケア病棟に移れてからは麻薬で痛みを抑えてもらって、ずっと酸素を吸っていた。少し言葉はでるけど、朦朧としてた。

会社に連絡を入れて、病院に向かった。駆けつけたら父はわたしに気付いて、右手をあげた。苦しそうに何かを言おうとしてた。看護師さんはその様子にびっくりしてた。そんな余力があるとさえ思ってなかったみたいだった。

手を握って、言葉を聞こうとしたけど、わからなかった。でも「ありがとう」だと確信してた。わかりようもないし、自然にそう感じたんだから、信じたい。

一晩を乗り越えてくれて、翌日昼過ぎに、一度動物の世話に帰った夫が病室に戻って、わたしが「ゆっくりトイレに行ってくる」と部屋を出てすこししたら、容態が急変して亡くなった。夫が戻るのを待っていたのかなと思った。わたしがひとりで看取ることがないように、一晩頑張ってくれたのかなと思った。わたしが部屋を出たら緊張が途切れたのかな、夫はいつも父に理解を示してくれて、父は信頼して、安心して甘えていたから、そのときを選べたのだとしたら、選んだんだろうと感じた。

そんな経験もあり、年齢もあるのか、訃報をきいたとき、失った悲しみはもちろん感じるんだけど、それ以上にあたまを支配するのは、そのとき何を考えてたんだろうということ。どんな気持ちでそのときを迎えたのか。こわくなかったか、くやしくなかったか。心配してなかったか、後悔してないか。そういう思いが駆け巡る。

これが、けっこう堪える。ひとつひとつの訃報が、わたしのそのときにむけた歩みのようにのしかかる。そのできごとに向き合う節目を差し出してくる。

世界は、人生は、同じようには続いていかないらしい。あったはずのものはなくなるし、手に入るはずだったものは消えていく。もしもなにかを失ったとして、元に戻すことばかり考えるのも違うのかもしれない。本質はそういうものなのかもしれない。

もともと意味なんて持ってないと感じる。それは自由ってことでもある。すきなことを好きと言って、したいことをして、愛するものを愛して、ちゃんと伝えて、好きなきょうを過ごす。

心配ごと

心配ごとはあとをたたない。

この頃、いぬが夜中や早朝に起きてしまう。トイレ以外で用を足してしまう。薬を飲まない。

お水を飲んだらタテに抱いてゲップをさせてあげないと、水が逆流して鼻の構造に入り込んで溺れる。

咳をしだすと、なんとかしてとめてあげないと長引く。吠えると咳が出やすくなるから、リクエストにはこたえたいけど、何を望んでいるのかわからなかったり。

とにかく、眠っているとき以外は目が離せなくて、夜中や明け方に一通りのことに付き合うので、わたしもまた眠るのが簡単じゃなくて。

でも、いぬの安心しきった寝顔や、イビキとか、抱っこしたときのあたまの匂い嗅いだりしてると、一緒に歳をとってくれてることを、ほんとうに嬉しく思う。なんでもしてあげるよって思う。からだを預けてくれたときには、ピリピリしてしまう自分を許そうって気になる。

お世話を焼けるのって、幸せなんだろう。父をなくしたときも、そう感じた。

巷にはコロナウイルスが蔓延していて、東京都の検査数は問い合わせに対してかなり少なく、あちこちで感染源を追えない事例も増えてきた。

イタリアではすごい勢いで拡大して、重症化しやすいのか、致死率も高そうで。そのイタリアから、制限がかかる直前に、駆け込みでたくさんの人が帰ってきたそうで。

もし、イタリアに独自の変異を遂げたウイルスが蔓延していたとしたら、中には無自覚にそれを持ち帰るひともいるのかもしれない。渡航中にコロナウイルスについて、情報を集めてくれていればいいが、活動的な感染者がふつうの生活を始めてしまえばどうなるかな、とか。

最近ではいぬにも感染するとかいう話もでている。わたしは何がなんでも、この老犬のもとにウイルスを持ち帰りたくないって思う。

保育士さんの感染もみられる。症状がでないばっかりに、子供が媒介している可能性もある。そういうケースがあり得るのなら、夫の仕事はかなり危険なものと言える。ほんとうに心配で仕方がない。寝ていれば治るというのならいいけれど、一度かかってしまったら、完全に元どおりに治るものとも限らないという雰囲気がある。

とにかく、心配ごとだらけで、ついには何をしても楽しくないし、無気力。外にも出たくないし、したいことも何もない。夫は慣れない状況にかなりストレスをためていて、めったにないくらい不安定で。わたしも今は大した仕事は入ってきてないけど、この状況に仕事と疲労が重なれば詰む気がする。

今日はイライラしづらく、わりと精神状態は安定している。つまらない話だけど、振動マシンを足元に置いたのがいいのだと思う。血流は大事。鬱々としたら脚を動かせ、というのは、身をもって学んだこと。

あしたも、いぬを愛でて、夫を労わる。こころをきちんと座らせて、守ろう。

おもうきもち

今日、やっと開業届を書いた。今年から、個人事業主になることにした。

結婚して13年間、新しい苗字も書き慣れた。だいぶサラッと、カッコよく書けるようになった。

父のことを思い出す。父が生きていたときは、何年も、毎週のように父の暮らす施設や、入院している病院を訪れ、面会表に父の名前を書いた。書き慣れた旧姓。父が亡くなってから、ちっとも書かなくなった。

コロナウイルスのことでも、ふと、父からメールが届いたような気がするときがある。

元気にしていますか、コロナウイルスが流行しているようです、親父は元気にしています、人混みは避けて不要不急の外出は控え、マスク、うがい手洗いをして下さい

そして、そのあとに

のど飴をよろしくお願いします

そしてわたしはズッコケながらも、のど飴を入手して、洗濯物を担いで、父に会いに行く。あぁ、会いたいなぁ。心配されたい。変なことを言っているけど。とにかく、時折無性に、父の不在をさみしく思う。

洗面台で手洗いをするときの、ハンドソープのポンプは、父が最後に入った施設の近くのコンビニで、わたしが買ったもの。前の施設には備え付けられていたけど、新しい施設にはせっけんがなくて、メールで買ってくるように言われた。

部屋の洗面台に置いて帰って、その後、父が油性ペンで名前を書いたらしく。片手しか使えない上、ずっと抱えてきた痛みがピークに達していた。やっと書いたって感じの字で、胸がぎゅっとなった。名前を書いておかなくちゃいけないのは、当たり前なのに、どうして書いてあげることを思いつかなかったのかな。ごめんなさいって思った。

それが洗面台に置いてあれば、見るたびに何か思うけど、わたしはたぶん、美化もせずただふつうに、父を毎日、思い出したいのだと思う。

がんばってくれたことも、わたしもがんばったことも、そして、まったく至らなかったことも。なによりも、「これを使いたい」って思うくらい、どんな形であれ、思い出であれ、大切に思えるくらい父を大好きだってことを。

心配しているだろうから、わたしにメールを送れないこと、悲しく思わないように。パパおやじ、だいじょうぶよ。ちゃんと、気をつけるよ。

犬も食わない

目もあまり見えないし、耳もきこえない老犬が、ふんふんと不満げにため息をついてる、ここ数日。犬も食わない夫婦不仲の不穏な空気を感じているんだな。

このかすがい犬は、いったいいくつの喧嘩を見守り、いくつの仲直りを与えてきたんだろう。そう思うと、さっきまで自分の不運を嘆くような気持ちになっていたのがバカみたいに思えてくる。この犬に出会えたことは何事にも変えられないわたしの幸運だし。その犬がわたしの側にいて、年をとっていってくれているのに、どのように時間を過ごさせたいのか、ちゃんと大切に考えないと。こんなふうに夜な夜な泣かしてちゃいけない。

友達とのもめごとだって、夫に思いをぶちまけるのだって、ちっとも好きじゃない。こころを救って欲しい相手がそっぽをむいた瞬間が、いつもわたしが爆発する瞬間で、それって原因は「期待」にあって。

ひとに期待をするのはよくないことだから、あらためないといけない。

でも、わたしは望まれたい。あきらめないで、望まれたい。望まれないでいることが悲しい。

期待することと望むこと、その違いはどこにあるんだろう、みんなは知っているんだろうか。

ときおりやってくる衝動

こんばんは。
ホームページの更新も滞っているなか、
ツイッターでたれ流すのもはばかられるようなことを
書けるところがあるといいなと思って。
ここへやってきました。

気楽でしぜんなこと、考えすぎずに、
タラっと書いていけたらと思います。

コラムはホームページに書いています。
趣味のポエムは別のブログに書いてます。
どちらも誰もみていないのに、また増やします。

見てしまった人にはありがとうございます。
好きに書いていくつもりだけど、
掘り出し物と思ってくれる人が現れたら夢みたい。